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素人レンズ教室-その24

  
Zunow 5cm f1.1 ピンポンの研究 

                                                       協力:FLASHBACK CAMERA

麗子先生 : みんな、今日はこれからピンポンやるわよ。
ジロー : 先生なに言ってるの、今は光学の時間だよ、体育じゃないよ。
麗子先生 : ふふ、ジローは単純ねえ。これから勉強するのはピンポンはピンポンでも、レンズのピンポンよ。
はるか : それってなんですか?

麗子先生 : ピンポンというのは、オールドレンズではとっても有名なレンズで、Zunow 5cm f1.1という大口径レンズの初期型のことよ。
         そのレンズは後端がピンポン玉のように丸く出っ張っていたから「ピンポン」というあだ名が付いたの。
ジロー : Zunow??先生、なんて読むんですか?
麗子先生 : ズノーと呼ぶのよ。社長の鈴木作太さんの先祖にに畑(六郎左衛門)時能という人がいて、その「時能=ジノー」から
        「頭脳=ズノー」という名前を思いついたらしいわ。
        会社名はこのレンズが作られた1954年当時は帝国光学工業株式会社。でも2年後の1956年にズノー光学工業に
        名前が変わっています。
        そして1961年には倒産してしまうのよ。
はるか : わー、短いですねえ。
麗子先生 : そんな会社が「世界初」のf1.1という超高速レンズを発売したものだから、当時はとても騒がれたわ。
        ちょっと記事をピックアップするわね。左が「The Camera Times 1953年12月」、右が「写真工業1954年12月」の記事よ。
        f0.8まで考えてみたいだし、もう少し長く存続してほしかったわ。

はるか : 1953年って、まだ戦争が終わってから10年も経っていないのに世界初なんて本当にすごいことだったんですね。
麗子先生 : このレンズに続いて、フジノン5cmf1.2、ヘキサノン6cmf1.2、ニッコール5cmf1.1、そしてキヤノン5cmf1.2,f0.95が
        発売されて世界でも稀有な「大口径レンズ戦争」が始まったのね。
ジロー : ズノーって「クール」だなあ。
麗子先生 : 今日はこのレンズの最初期型を2本持ってきたから、みんなで観察してみましょう。
ふたり : わーい、やったー!!
麗子先生 : まず1本目よ。こちらはニコンのカメラ用に作られたモデルよ。よく見てね
はるか : すごい!(絶句)
ジロー : ヤバい、なんだか舐めたくなる。
はるか : これが「ピンポン」なんですね。
       これって、レンズ交換したらすぐに傷つきそうなんですけど、先生。
麗子先生 : はるかちゃんの言う通りよ。絞り開放での描写がちょっと甘かったこともあって、発売からわずか1年で後面がフラットな
        新型に切り替わってしまうのよ。
        だから今はとても希少価値が高いのね。
はるか : いろいろなカメラマウントで作られたんですか?
麗子先生 : そうよ。帝国光学は当時自社のカメラがなかったので、ライカ・コンタックス・ニコン・ミッチェル・アイモマウントなどが
        用意されたわ。
        じゃあ2本目もだすわよ。
ジロー : おっ、こっちはライカマウントだね。
はるか : きれい。やっぱりライカマウントは美しいわ。
麗子先生 : そうね、ライカマウントのレンズはレンズ全体のバランスがとても美しいわね。

ジロー : そうそう、こんなすごいレンズって、いったい誰が設計したの?
麗子先生 : やっと教室らしい質問が出たわね。ほっとしたわ。
        このレンズを設計したのは、「浜野道三郎」で、日本光学から昭和初期に当時の「帝国光学研究所」に移籍
        した技術者よ。よく「レンズ研磨の達人」と呼ばれているわ。
はるか : 設計するの大変だったでしょうね??
麗子先生 : 浜野は数学よりも「経験」で設計するタイプの技術者だったと言われ、このレンズを完成させるまで、戦前に海軍
        からの薄暮下の偵察用大口径レンズの設計を依頼されてからから足掛け10年、設計図は5万枚を費やしたと
        言われていいるわね。
ジロー : ご、ご、5万枚!!ぼくだったら5まいで諦めるな。
はるか : どんなひとだったのかしら?
麗子先生 : 写真が残っているわよ。
ジロー : 経験のひと、、、わかる気がする。
麗子先生 : これはf1.1が発表されたすぐあとだから、もうかなりの年齢だったことがうかがえるわね。
        ちょっと難しくなるけど、浜野の特許「特許出願広告 昭30-9464」に書かれていることを1枚のプリントにまとめて
        来たので、いまからみんなに配ります。
みんな : はーい。
ジロー : げげっ、、、。
はるか : 先生、難しすぎ~~。
麗子先生 : ポイントを箇条書きにするから、よく理解してね。
        ①前群はほぼゾナー型だが、後群をゾナーのままでf1.4以上に大口径化すると、画角とバックフォーカスに問題が生じる。
         そのため、後群は3群5枚という複雑な形になった。
        ②使用したガラスはいずれも当時一般に供給されていたものである。一方実際の製造に当たっては第5レンズにBaF10に
         替わって新種ガラスを用いたことが、後の同社設計者国友健司の発言によって確認されている。
         ただし、初期ピンポンでも新種ガラスの不安定性によるものと思しき「クモリ」の発生する個体とそうでない個体があること
         から、生産開始時点からすべて採用されたかどうかは不明。
        ③浜野は各ガラスの曲率・厚さなどに様々な収差補正の役割を与えていたことが分かる。中で彼が特に重要と言っている。
         のが、前群後半のr5、r6、d4の役割である。

ジロー : なんとなくわかりましたーー、、、、、と、先生ちょっとちょっと、、

麗子先生 : 突然どうしたの?
ジロー : 2本目のレンズって、「前玉もピンポン」みたいだよ。ほら出っ張っているんじゃない?
はるか : 本当ね、逆さにしたらぶつかるわよ。
麗子先生 : はい、よくわかりましたね。初期のピンポン・ズノーf1.1には、後だけがピンポンでぶつかる個体
「シングル・ピンポン」と、
        前もピンポンで両面がぶつかる
「ダブル・ピンポン」の両方があるんです。
        その証拠がこの専用のレンズキャップよ。

ふたり : わー、本当だ。キャップが膨れているわ。手間をかけたのねえ。
ジロー : 少ししか作っていないのに手間かけすぎじゃないの?これじゃ会社もねえ、、。
      じゃあ、この2本って違う設計のレンズなの?
はるか : でもこの2本のレンズって、製造番号が一桁しか違わないわよ。
麗子先生 : じゃあ、並べて比べてみましょう。


ジロー : 最初の写真でみると、高さや前玉の曲率半径は同じように見えるな。
はるか : そうね、高さは合わせて置いているものね。
ジロー : ええっと、次の写真で見ると、

ジロー : あっ、先生わかった。ガラスじゃなくって、鏡胴のリムの高さが違うんだよ。ほら。

麗子先生 : ほんとうね。フィルターのピッチが片方は6本くらいあるけど、もう一方は3本しかないわね。あっごめんなさい、
        こっちはフィルターが当たって付かないから、フード用のピッチかしら(笑)。
はるか :ガラス面の反射もほとんど同じみたいだし、レンズの中身はきっと一緒なのね。
ジロー : 直接比べてみると、簡単なことなんだね。
       じゃあ、写りも同じなんだろうか?
麗子先生 : ズノー5cmf1.1は、特に初期型は1本1本みんな写りが違うと言われているわよ。百聞は一見に如かずだから、
        撮り比べてみましょう。
みんな :はーい。


シングル・ピンポン

ダブル・ピンポン
ふたり : えっ、、ええ?
ジロー : 全然違うんじゃない?
はるか : ジロー、ちょっと冷静に見ていきましょうよ。
       シングルのほうは前玉に結構傷があるわ。だからピント部分のハイライトが結構滲んでいるのね。ダブルはガラスがきれい
       だから、ピント部分はくっきりしているのね。これは状態の差ね。
ジロー : じゃあ、ボケは?
       ボケはかなり印象が異なるなあ。ダブルのほうがボケが「大きくて、輪郭も滑らか」だね。でもコマ収差が影響が
       結構強めで、ボケはすこし崩れがちになるね。
       シングルはボケが「小さくて」、見かけの被写界深度が少し深いように見えるね。球面収差補正がきついのか輪郭が
       強めだけど、ボケの形はなんとなく維持しているという感じだね。
はるか : ジローはどっちが好み?
ジロー : 僕は開放でもピント面がしっかりしているダブルかな。はるかは?
はるか : 私は全体的に柔らかくて、ズノーって聞いた時の印象に近いシングルのほうかな。難しい選択だけど。
麗子先生 : そうね、ここまでのレンズになると、優劣を議論するのは適当じゃないでしょうね。

麗子先生 : ところで、普通このピンポンを「初期型ズノーf1.1」と読んでいるけど、本当はこの「前」があるのよ。
ジロー : へえ、まだあるんだ。
麗子先生 : おそらく試作品レベルなんでしょうけど、絞り調節がレンズの根元近くにあって、さらに先がラッパみたいに開いた
        タイプと、開いていないタイプがあるようね。詳細はわからないから、写真だけ見てね。

最初期①?

最初期②?

麗子先生 : じゃあ、今日はここまでです。
みんな : 先生、さようなら。